ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドゥシャン法典」の意味・わかりやすい解説
ドゥシャン法典
ドゥシャンほうてん
Dušanov Zakonik
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…だがコンスタンティノープル遠征中に急死すると,この中世セルビア最大の多民族国家は分裂し,急速に衰えていった。彼の時代は国力,文化ともに絶頂をきわめたが,それは201条からなる〈ドゥシャン法典〉(第1部1349,第2部1354)が最もよく表している。ストヤン・ノバコビッチ(1842‐1915)が1870年,この〈中世セルビア最美の作品〉を紹介すると,スラブ学者はもとより学界一般で大きな話題となった。…
※「ドゥシャン法典」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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