改訂新版 世界大百科事典 「ファンアッケル」の意味・わかりやすい解説
ファン・アッケル
Achiel van Acker
生没年:1898-1975
ベルギーの政治家。ブリュージュに生まれ,はじめ労働組合の指導者,1927年ベルギー労働党(1945年ベルギー社会党と改称)の下院議員となる。44年9月解放直後成立したピエルロPierlot内閣の労働・社会福祉大臣として社会保障法を成立させた。45年2月第1次ファン・アッケル挙国内閣を組織したが,〈国王問題〉(国王の戦争責任問題)をめぐる閣内対立でキリスト教社会党と対立して辞職。同年8月第2次内閣を組織したが,政局は〈国王問題〉で揺れ,46年2月総辞職,3月成立させた左派連立政権(第3次)も6ヵ月の短命に終わった。運輸相(1947-49)を経て第4次ファン・アッケル左派連立内閣を組織し(1954-58),経済的好況下に労働者年金引上げ,週休2日制を実現したが,公立学校の優遇をめざす教育法(1955)を成立させてカトリック側の憤激を買い辞職した。61-73年下院議員。
執筆者:栗原 福也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報