フッゲライ(その他表記)Fuggerei

世界大百科事典(旧版)内のフッゲライの言及

【アウクスブルク】より

…19世紀以降綿工業が発達し,現在は機械工業の中心でもある。市内には市庁舎,フッゲライ,シェツラー邸などの歴史的建造物が多く,H.ホルバイン(父),L.モーツァルト,ブレヒトもここで生まれた。2000年の歴史をもつ文化と産業の町である。…

【フッガー家】より

…兄から引き継いだ財産を10倍に増やし,1507年以降領地を購入し,14年に伯爵に叙せられたが,みずからは称号を使わず商人を通した。寄付や慈善に尽くし,14年に敬虔な貧民のためにアウクスブルクに建てた低家賃住宅フッゲライFuggereiには23年52家族の入居者がいた。 家業を継いだ甥のアントンAnton Fugger(1493‐1560)のときに資産は最大になったが,返済の保証のない債権が増加して資産内容は悪化した。…

※「フッゲライ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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