山川 世界史小辞典 改訂新版 「フライコール」の解説
フライコール
Freikorps
「義勇軍」の意。ことに第一次世界大戦後ドイツで設立されたものをさす。のちにエス・アー(SA)に加わった無法者を含み,急進派の蜂起鎮圧,バルト地方の反共闘争に,そして東部国境防衛に用いられた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
「義勇軍」の意。ことに第一次世界大戦後ドイツで設立されたものをさす。のちにエス・アー(SA)に加わった無法者を含み,急進派の蜂起鎮圧,バルト地方の反共闘争に,そして東部国境防衛に用いられた。
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…しかし大会は同時に,社会民主党指導部の意向に反して,軍隊の民主化と石炭業等の社会化Sozialisierungを求める決議を採択し,労働者・兵士大衆が旧体制の社会的基盤の根本的改革を求めていることを明らかにした。これに対して軍部は,クリスマスにベルリンでおきた人民海兵団事件の武力制圧に失敗すると,社会民主党政府(この事件での同党の態度を不満として独立社会民主党は下野)の支持のもとに,反革命派の復員軍人を主体とした義勇軍(フライコールFreikorps)の結成を強力に推し進めた。 翌19年1月,ベルリンの革命派が,同派系の警視総監の罷免を契機にエーベルト政府打倒に立ち上がると,政府は,社会民主党系の労働者を動員する一方,義勇軍を投入してこれを鎮圧した(〈一月蜂起〉)。…
※「フライコール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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