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アレクサンデル[3世] アレクサンデル

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百科事典マイペディアの解説

アレクサンデル[3世]【アレクサンデル】

ローマ教皇(1159年―1181年)。もとボローニャ大学教会法教授。ドイツ皇帝フリードリヒ1世と反目,皇帝派は対立教皇ウィクトル4世,パスカリス3世を立てて,教会分裂は17年に及んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

アレクサンデル[3世]【Alexander III】

?‐1181
ローマ教皇。在位1159‐81年。最初はボローニャ大学教授。皇帝フリードリヒ1世の推す対立教皇ウィクトル4世との間に17年間離教(シスマ)が続き,その間おもにフランスに滞在。1179年彼が招集した第三ラテラノ公会議は教皇選挙法の改正,異端対策,パリ大学の成立に大きな役割を果たした。法学者としての名声も高く,また北イタリアの都市アレッサンドリアの名はロンバルディア都市同盟への彼の熱烈な支援を今に記念するものとなっている。

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世界大百科事典内のアレクサンデル[3世]の言及

【ラテラノ公会議】より

…(2)第2回(1139) 教会改革のためインノケンティウス2世Innocentius IIによって召集され,アナクレトゥス2世Anacletus IIの離教やブレシアのアルノルドゥスArnoldusの教義に対し非難決議を行った。(3)第3回(1179) アレクサンデル3世Alexander IIIによって皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)との〈ベネチアの和議〉を確認するため開催。(4)第4回(1215) インノケンティウス3世Innocentius IIIによって召集され,異端鎮圧や第4回十字軍をはじめ,神学,典礼,教会法など多くの議題が論議された。…

※「アレクサンデル[3世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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