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フリードリヒ[1世] フリードリヒ

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百科事典マイペディアの解説

フリードリヒ[1世]【フリードリヒ】

シュタウフェン朝ドイツ国王(在位1152年―1190年),神聖ローマ皇帝(在位1155年―1190年)。バルバロッサBarbarossa(赤ひげ王)と呼ばれる
→関連項目アレクサンデル[3世]ハインリヒ[6世]ロンバルディア都市同盟

フリードリヒ[1世]【フリードリヒ】

初代のプロイセン国王(在位1701年―1713年)。ブランデンブルク選帝侯としてフリードリヒ3世を称したが,スペイン継承戦争で神聖ローマ皇帝レオポルト1世を助けた功で王号を許され,プロイセン国王となった。
→関連項目プロイセン

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世界大百科事典 第2版の解説

フリードリヒ[1世]【Friedrich I】

1122‐90
シュタウフェン朝ドイツ国王(在位1152‐90),神聖ローマ皇帝(在位1155‐90),ブルグント王(在位1178‐90)。通称赤ひげ王(バルバロッサBarbarossa)。シュワーベン大公フリードリヒ2世独眼公の息子,国王コンラート3世の甥。武人的果断と柔軟な現実対応能力とを備え,激動するヨーロッパ政治の舞台で40年近く主役を務める。ドイツ国内では,王領の積極的開発に努めるとともに,強力なウェルフェン家の対抗勢力をおさえるために諸侯勢力との協調路線をとる。

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世界大百科事典内のフリードリヒ[1世]の言及

【十字軍】より

… 12世紀中葉から末期にかけて,十字軍側と,ファーティマ朝を打倒してエジプトとシリアにまたがるイスラム統一勢力を結集した英傑サラーフ・アッディーン(サラディン)を始祖とするアイユーブ朝(1169‐1250)の〈ジハード(聖戦)〉との戦いは,エルサレムの争奪をめぐって熾烈となり,1187年7月ヒッティーンの戦に大勝したサラーフ・アッディーンはエルサレムを同年10月に奪回した。これに対し西欧3大国の君主(イングランド王リチャード1世,フランス王フィリップ2世,神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世)が勢ぞろいした大規模な第3回十字軍(1188‐91)が編成され,両者の争いはその最高潮に達したが,結局西欧側の退勢を挽回し得ず,かろうじて1192年エルサレムへのキリスト教徒巡礼の自由通行を保障する協定の締結をもって幕を閉じた。
[中期十字軍]
 西欧側は臨時首都アッコを中心として,エルサレムなき残存領土の維持に努める一方,シリア・パレスティナの外周地域で間接的作戦を行いつつ,外交手段をもってエルサレム奪回を企てた。…

【シュタウフェン朝】より

…1138年から1254年まで,事実上連続してドイツ国王位につく。その間,フリードリヒ1世ハインリヒ6世フリードリヒ2世という3世代の英主は,いわゆる神聖ローマ皇帝としてヨーロッパ的覇権の樹立を目ざす。彼らの努力は結局挫折に終わるが,シュタウフェン諸帝の活躍は中世的皇帝権に最後の輝きを添えたものと評価されている。…

【ミラノ】より

…ローマ時代のミラノの中心は,現在のドゥオモ(ミラノ大聖堂)のすぐ南に位置していたことが遺跡によって確認されているし,近代のミラノ市の中心は,ドゥオモとミラノ城とを結ぶ軸であったから,ミラノの歴史的中心部は,2000年以上にわたって変わらずに,市街地が連続して存在してきたことになる。市を取り巻く城壁には,875年から880年にかけて建設されたもの,12世紀のフリードリヒ1世(バルバロッサ)による破壊の後に建設されたもの,スペイン統治下の16世紀前半に建設されたものがあり,それぞれミラノの外延的発展の跡を示している。12世紀の城壁に囲まれたミラノの面積は約3km2で,環状の道路によってその跡が確認される。…

【ロンバルディア都市同盟】より

…12世紀後半~13世紀前半にドイツ皇帝の強力な支配政策に対抗して北イタリアの主要都市が2回結成した大同盟。(1)第1回 神聖ローマ帝国を再建し,イタリアの繁栄する新興諸都市から権力と富を引き出そうと考えたフリードリヒ1世は,1158年イタリア支配を明らかにしたロンカリア立法を制定し,63年北イタリアの雄ミラノを征服し,実際に支配を確立したかにみえた。しかし,これに対抗してミラノを助ける同盟,すなわち64年ベローナ同盟が,さらに67年クレモナとポンティダの両都市代表者会議でロンバルディア諸都市の同盟が結成された。…

※「フリードリヒ[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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