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ローマ教皇 ろーまきょうこう

知恵蔵の解説

ローマ教皇

ローマ法王」のページをご覧ください。

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について | 情報

デジタル大辞泉の解説

ローマ‐きょうこう〔‐ケウクワウ〕【ローマ教皇】

教皇

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典内のローマ教皇の言及

【アンチキリスト】より

…黙示文学では,エルサレムを荒らしたアンティオコス4世が終末時の敵の原型とされ,さらにローマ皇帝ネロやドミティアヌスもそのようにみなされた。宗教改革者はしばしばローマ教皇をアンチキリストと呼んだ。ニーチェの書《アンチキリスト》はみずからをそれに模してキリスト教道徳を攻撃したものである。…

【イタリア】より

…この結合は,カロリング朝断絶後弱まったが10世紀のオットー1世以降ふたたび強化された。カロリング家のピピンによって半島の旧ビザンティン領がローマ教皇に寄進され,教皇領の基礎がつくられたことも重要である。西ヨーロッパ全域に影響力を持つ宗教的権威が世俗的領域的な権力として半島内に存在することは,その後の歴史に大きな影響を及ぼした。…

【教皇】より

…〈ローマ教皇〉〈ローマ法王〉ともいい,単に〈法王〉と記すこともある。ローマ司教,イエス・キリストの代理者,使徒ペテロの後継者,全カトリック教会の最高司祭,西欧総大司教,イタリア首座大司教,ローマ管区首都大司教,バチカン市国元首。…

【皇帝教皇主義】より

…皇帝Caesar,Kaiserが同時にローマ教皇Pope,Papstでもあるという原則,つまり,精神界をつかさどる教会の最高権威が,俗界の長たる国家の最高権力者の手中に握られているような国家・教会関係を示す造語として,18世紀以来使用され,本来,4世紀以後のローマ帝国(ビザンティン帝国)を対象とするものであったが,のちには,1917年までのロシア国教会,中世初期のカール大帝のフランク王国,近代のカトリック専制国家,領邦君主が自国のプロテスタント教会の最高司教の地位にあったドイツ・プロテスタント領邦国家などにも拡大適用された。 19世紀カトリック歴史家によってしばしば用いられたことからもわかるように,この概念はもともと,中世西ヨーロッパで叙任権闘争を通じて典型的に出現したような,ローマ教皇が神聖ローマ皇帝に対し優越する権威を主張した国家・教会関係(教皇皇帝主義Papocäsarismus)の反転像を示そうとしたものである。…

【橋】より

…しばしば橋のたもとには門番のための館や旅人のための宿,小聖堂が建てられており,ときには橋の上に小売屋台が並んでいる場合もあった。 ローマ教皇の正式名称は最高の司教Pontifex maximusであるが,このPontifexとは橋を架ける人の意であり,古代ローマにおいて国家祭祀のなかで重要な位置を占めていた橋を架ける人Pontifexの名称が国家の長の名称となり,教皇もその称号を用いることになったのである。橋は地上から天国に至る道ともみられていた。…

※「ローマ教皇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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