旺文社世界史事典 三訂版 「オストマルク」の解説
オストマルク
Ost Mark
フランク王国の衰退後マジャール人の侵入が激しくなるが,オットー1世がマジャール人を撃退したのち,神聖ローマ皇帝オットー2世によって,976年バイエルンにオストマルクがマジャール対策として設置された。この別称からオーストリアという名称が生まれたといわれる。
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…しかし彼らはやがてビザンティン帝国,ブルガリア王国周辺を席巻しつつ,西進した遊牧民のマジャール人に滅ぼされた。 一方,ドナウ川上流域では,フランク王国がドナウ・アルプス地域にマルク(辺境)を設置し,オストマルク(東辺境領)とした。このオストマルクから,のちに中欧の覇権を握るオーストリアが誕生した。…
※「オストマルク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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