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佐野善左衛門(読み)さの ぜんざえもん

世界大百科事典(旧版)内の佐野善左衛門の言及

【佐野政言】より

…江戸中期の旗本,新番士。通称善左衛門。1784年3月24日,江戸城中で若年寄田沼意知(おきとも)に切りつけ,意知を死に至らしめた。政言は乱心という理由で切腹を命ぜられ,浅草徳本寺に埋葬された。ちょうど江戸の米価が下がりつつあったことと結びつけて,当時の町人たちは政言を〈世直し大明神〉と称して,この事件を政言の義挙として歓迎した。なお政言の意知襲撃の理由は私憤であったといわれる。【佐々木 潤之介】…

※「佐野善左衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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