八幡堀(読み)ハチマンボリ

世界大百科事典(旧版)内の八幡堀の言及

【近江八幡[市]】より

…町民は特産物の蚊帳,畳表,麻布などを江戸や蝦夷まで売り歩き,近江商人の素地をつくった。八幡山を取り巻く八幡堀は,江戸時代には琵琶湖に通じる運河として水運に利用された。明治時代に鉄道を敬遠したため,東海道本線の近江八幡駅と旧市街が1.5kmも隔たっていて不便であったが,第2次世界大戦後,新市街が形成され,他方,旧市街は今なお碁盤目状の古い町並みを残している。…

※「八幡堀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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