北糸屋町(読み)きたいとやちよう

日本歴史地名大系 「北糸屋町」の解説

北糸屋町
きたいとやちよう

[現在地名]堺市車之(くるまの)町東(ひがし)一―二丁・櫛屋(くしや)町東(ひがし)二丁

車之町の東にあり、山口(やまのくち)筋を挟む両側町で、東頬南部は南糸屋町と向合い、西頬西半は東六間(ひがしろつけん)筋に面する。元禄二年(一六八九)堺大絵図には「北糸屋町」とあり、東頬一五筆・西頬一九筆の宅地割で町会所は東頬に二ヵ所所在。同絵図によると町内には糸屋・綿屋・金糸屋など町名の由来となったとみられる屋号が多い。また西頬の糸屋治兵衛は明暦元年(一六五五)糸割符貿易中断以前からの、西頬の河内屋作兵衛、東頬の綿屋庄左衛門は貞享二年(一六八五)再興後の糸割符商人(糸乱記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 年寄 くし 幕末

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む