吉村冬彦(読み)ヨシムラフユヒコ

百科事典マイペディア 「吉村冬彦」の意味・わかりやすい解説

吉村冬彦【よしむらふゆひこ】

寺田寅彦

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の吉村冬彦の言及

【寺田寅彦】より

…27年A.ウェゲナーの大陸移動説をとり入れた日本海形成論を唱え,30年よりは割れ目の物理学を開始し,ガラス板の破壊実験を行うとともにその発想を生命にまで広げ《割れ目と生命》の論文を書いた。 吉村冬彦の筆名で随筆もよくした。文学への開眼は五高在学中の夏目漱石との出会いにあった。…

※「吉村冬彦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む