奥吉田村(読み)おくよしたむら

日本歴史地名大系 「奥吉田村」の解説

奥吉田村
おくよしたむら

[現在地名]中島町奥吉田

東流する日用ひよう川下流南岸の村で、北は同川を挟んで河崎かわざき村。長領で、寛文一一年(一六七一)の鹿島半郡高免付帳(長文書)によると高一四四石、免五ツ五歩。同年加賀藩直轄領となり、延宝七年(一六七九)の村御印(奥吉田区有文書)によれば高二二二石、免四ツ一歩、小物成は山役六一匁・苦竹役二匁・鳥役二匁・猟船櫂役一〇目。元禄一六年(一七〇三)の笠師組品々帳(三輪文書)では高・免は変わらず、百姓九・懸作百姓一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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