富辺羅山(読み)とべらやま

日本歴史地名大系 「富辺羅山」の解説

富辺羅山
とべらやま

円山(まるやま)川の支流戸牧(とべら)川右岸の丘陵中、現在見手(みて)山(約一〇四メートル)とよばれる尾根中の一支峰をさしたとみられる山名。戸牧山とも記した。「応仁記」巻三(但州合戦之事)によれば、文明三年(一四七一)三月二三日、東軍山名是豊の子七郎頼忠が「九日面」へ乱入して九日(ここのか)の川向いに陣をとり、これに呼応して奈佐太郎以下が「九日ノ面ノウヘ」(「応仁別記」には「九日ノ西ノウヘ」とある)の富辺羅山に陣をとったが、西軍垣屋越中入道の子平右衛門尉が富辺羅山を追崩して奈佐太郎らを討取ったので、川向いの頼忠らも引き退いたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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