戸牧村(読み)とべらむら

日本歴史地名大系 「戸牧村」の解説

戸牧村
とべらむら

[現在地名]豊岡市戸牧

妙楽寺(みようらくじ)村・九日市下町(ここのかいちしもんちよ)村・九日市中町(ここのかいちなかんちよ)村・九日市上町(ここのかいちかみんちよ)村・佐野(さの)村の西に位置し、北は正法寺(しようぼうじ)村・高屋(たかや)村、西は岩井(いわい)村、南は気多(けた)郡上佐野(かみさの)村。もと佐野村の枝村であったが、豊岡城主杉原長房が一村に取立てたと伝え、寛永六年(一六二九)長房死没のとき供養塔を建立した(現存)。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高二九八石余。天和三年(一六八三)正法寺池を新開、高一二九石余を打出して正法寺村が独立(伊原家文書)。享保一一年(一七二六)までの領主の変遷は小尾崎(こおざき)村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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