慶長五年御朱印辻兼重和泉蔵田与三兵衛検見帳(読み)けいちようごねんごしゆいんつじかねしげいずみくらたよさべえけみちよう

日本歴史地名大系 の解説

慶長五年御朱印辻兼重和泉蔵田与三兵衛検見帳(慶長五年検地帳)
けいちようごねんごしゆいんつじかねしげいずみくらたよさべえけみちよう

二巻 萩藩編

成立 慶長五年

原本 山口県文書館毛利家文庫

解説 毛利氏の防長二州一円知行に当たり、兼重和泉守元続・蔵田与三兵衛尉元連両人奉命の検地帳。村別の総石高・田畠面積・物成高の順で記載、周防国総石高一六万四千四二〇石、物成高一二万四千四八石、長門国総石高一三万四千五九石、物成高九万三千八四一石、両国物成率七ツ三歩(七三パーセント)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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