捺鉢(読み)なば

世界大百科事典内の捺鉢の言及

【遼】より

…しかし遼の末期道宗の後半ごろからは,種々の機構の増大や,宮廷貴族の豪奢(ごうしや)な生活や仏教寺院の建立,辺境の反乱などに対する出費により財政は破綻していった。
[文化]
 文化のうえでも契丹族を中心とした遊牧民族文化と漢民族のもたらした伝統的中国文化とが入りまじった遼朝は固有の遊牧民族文化を保持するように努め,歴代の皇帝・貴族の多くは中国風の国都にとどまらず春夏秋冬にしたがって各地に行在所(捺鉢(ナパ))を設け狩猟や漁労生活を送り,服装も胡帽・胡服を着け,肉食,乳製品を多くとり,宗教も固有のシャマニズムを重んじた。他方,中国文化の受容も進み,すでに太祖時代に漢城の一つが皇都上京臨潢府(じようけいりんこうふ)(現,内モンゴル自治区巴林左旗)として造営されたのをはじめ,ワールインマンハに聖宗・興宗・道宗3代の皇帝陵(慶陵)が中国の陵寝様式によって造営された。…

※「捺鉢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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