斎藤二朗(読み)サイトウ ジロウ

20世紀日本人名事典 「斎藤二朗」の解説

斎藤 二朗
サイトウ ジロウ

明治〜昭和期の海軍少将



生年
明治20(1887)年

没年
昭和12(1937)年1月26日

出身地
東京

学歴〔年〕
海兵〔明治41年〕卒

経歴
昭和6年第一水雷戦隊旗艦夕張艦長となる。古鷹艦長、10年長門艦長を経て、11年海軍少将となり第一水雷戦隊司令官を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤二朗」の解説

斎藤二朗 さいとう-じろう

1887-1937 明治-昭和時代前期の軍人
明治20年生まれ。昭和6年第一水雷戦隊旗艦夕張艦長。長門(ながと)艦長をへて,11年第一水雷戦隊司令官となった。海軍少将。昭和12年1月26日死去。51歳。東京出身。海軍兵学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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