桜塚(読み)さくらづか

世界大百科事典(旧版)内の桜塚の言及

【西吟】より

…1676年(延宝4)《昼網集》の万句を興行して俳諧宗匠となり,西翁(さいおう)(宗因)の1字を拝領して西吟を名のり,大坂中町に俳諧の会所を開いた。翌年居を摂津国桜塚(現,大阪府豊中市)に移し,住いを落月庵と名づけ,庭に桜・躑躅(つつじ)などを植えて,《桜万句》《羊躑(つつじ)万句》を興行するなど風流に興じた。77年,能書の才を買われて《西鶴俳諧大句数(おおくかず)》の執筆(しゆひつ)をつとめてからはいっそう西鶴に親しみ,執筆・連衆(れんじゆ)として常に側近にあり,《好色一代男》(1682)の跋文と板下(はんした)を書いたのを皮切りに,浮世草子の出版の面でも協力するに至った。…

※「桜塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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