コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

油煙斎貞柳 ユエンサイテイリュウ

5件 の用語解説(油煙斎貞柳の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ゆえんさい‐ていりゅう〔‐テイリウ〕【油煙斎貞柳】

鯛屋貞柳(たいやていりゅう)

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

油煙斎貞柳【ゆえんさいていりゅう】

永田貞柳

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

油煙斎貞柳 ゆえんさい-ていりゅう

永田貞柳(ながた-ていりゅう)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

油煙斎貞柳

没年:享保19.8.15(1734.9.12)
生年:承応3(1654)
江戸時代の狂歌作者。永田氏。名は良因,のち言因。通称は善八,家号は鯛屋,号は由縁斎,信乗軒,精霊洞,霜露軒,珍菓亭,又生庵,鳩杖子,長生亭など。家は代々禁裡御用を勤めた菓子商。父は山城大掾貞因といい歌学を松永貞徳に,俳諧を安原貞室に学び,狂歌も好んだ。叔父は俳人花実庵貞富,弟は浄瑠璃作者として有名な紀海音である。貞柳も和歌や俳諧を好んだ。 寛文12(1672)年『後撰夷曲集』に8首入集,延宝7(1679)年『銀葉夷歌集』に23首入集して,狂歌に頭角を表す。豊蔵坊信海(玉雲翁)について信乗と名乗り,元禄1(1688)年信海が没すると,その弟子黒田月洞軒に師事し,雲洞と号す。同6年,師信海の狂詠を選した『八幡拾遺』の下書きを月洞軒に送ったが,月洞軒は「難波江の藻にうづもれて居はせいでよしなき歌のゑらびだてかな」「げに玉の雲の翁が狂歌をばかゞやく月の洞にとへかし」「玉のやうな月はむさしにあるものをたのまでくらき雲の洞かな」と3首の狂歌で叱責した。月洞軒との繋がりはこののちも続いているが,これに遠慮したのか,貞柳自身の歌集の出版も最晩年までみられない。享保9(1724)年出火に遭って高津の菩提庵に閑居したが,狂名は世に広まった。同19年,81歳で没し,下寺町光伝寺に葬られた。歌集としては『家づと』『続家づと』『置土産』『机の塵』などがある。文化6(1809)年には無心亭有耳が『貞柳翁狂歌全集類題』を刊行した。その狂歌は雅俗折衷で平明,とりわけ機知に富む。享保11年,南都古梅園松井和泉が家製の大型墨を叡覧に供したことを聞いて,「月ならで雲の上まですみ登るこれはいかなるゆえん成らん」と詠んだ。これが世上にもてはやされ,油煙斎と呼ばれ,狂歌中興の名をほしいままにした。芥河貞佐ら多数の優れた弟子を擁し,門流は全国に広がった。

(園田豊)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

ゆえんさいていりゅう【油煙斎貞柳】

1654~1734) 江戸前・中期の狂歌師。大坂の人。豊蔵坊信海に師事、浪華ぶりを唱え狂歌中興の祖といわれた。著「狂歌家づと」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

油煙斎貞柳の関連キーワード芦辺田鶴丸砧音高紀定麿鯛屋貞柳一文字白根永田貞柳辺仁之无子星屋光次四方山詠女渡辺光枝

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone