瀬田修平(読み)セタ シュウヘイ

20世紀日本人名事典 「瀬田修平」の解説

瀬田 修平
セタ シュウヘイ

昭和期の内科医学者,体育功労者



生年
明治29(1896)年4月23日

没年
昭和38(1963)年6月4日

出生地
三重県

学歴〔年〕
東京帝大医学部〔大正10年〕卒

経歴
昭和12年東京帝大助教授(柿沼内科)、28年教育学部教授、32年定年退官、青梅市立総合病院長となった。日本のボート界振興に尽くした功労者で、37年日本漕艇協会会長。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「瀬田修平」の解説

瀬田修平 せた-しゅうへい

1896-1963 昭和時代の内科学者。
明治29年4月23日生まれ。母校東京帝大の医学部助教授をへて,昭和28年東大教育学部教授。32年青梅市立総合病院院長となる。学生時代ボート選手として活躍,37年日本漕艇(そうてい)協会会長。昭和38年6月4日死去。67歳。三重県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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