コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

日本 にっぽんNippon

翻訳|Nippon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本
にっぽん
Nippon

P.シーボルト著。初版は 1832~54年に 20分冊してライデンで刊行された。シーボルトがオランダ東インド会社の長崎商館付き医師として滞在した間 (1823~29) に収集した資料と日記をもとに著わした著作で,A3変型判で 1400ページあまり。日本に関するヨーロッパ人の著書としては比類のない大著で,ヨーロッパでの日本研究の基盤をなしたものである。第2版は 97年シーボルト生誕 100年記念に息子らによって刊行された。縮刷本2巻で,初版の一部省略や補足があり,シーボルトの小伝が付記されている。第3版は 1930~31年にベルリンの日本学会が刊行したもので,初版の複製に2版の追加分と未刊の草稿を加え,索引をつけてある。第4版は主として初版を用い,3版本を一部加えたもので,東京の日蘭学会監修で 75年に出版された。邦訳としては,部分訳として呉秀三訳注『シーボルト江戸参府紀行』 (1928) ,全訳として岩生成一監修『シーボルト「日本」』 (78~79) がある。

日本
にっぽん

陸羯南 (くがかつなん) が 1889年2月 11日の帝国憲法発布の日に東京で創刊した政論新聞。『日本新聞』ともいう。国家主義的な中立系といわれた。谷干城,三浦梧楼らが資金的に援助し,記者には福本日南三宅雪嶺古島一雄池辺三山長谷川如是閑丸山幹治正岡子規らを集め,近代的ナショナリズムの立場から政府の欧化政策をきびしく批判,創刊後の約8年間に 30回も発行停止処分を受けた。日清戦争後は次第に経営困難となり,羯南も病に倒れ,1906年6月伊藤欽亮に譲渡された。やがて如是閑らの有力記者もこぞって退社し,政友会系の平凡な新聞に転落。 14年末,社屋の火災もあって廃刊。

日本
にっぽん

日本」のページをご覧ください。

日本
にほん

正式名称 日本国。
面積 37万7970.75km2
人口 1億2709万5000(2015)。
首都 東京

アジア大陸の東縁に北東から南西にわたって弧状に延びる列島の国(→日本列島)。北から北海道,本州,四国,九州と連なり,沖縄および周辺の諸島を含む。環太平洋造山帯の一部を構成し,火山が多い。河川は一般に短く急流である。気候は四季の変化に富み,夏は高温多湿で秋に台風が多い。東京の平均気温平年値は 16.3℃,降水量平年値は 1528.8mm。アイヌおよび少数の外国系の人々を除けばほとんど単一の民族構成で,日本語を話す(→日本人)。出生率は人口 1000あたり 8.0(2014)と低く,平均寿命は男性 80.5歳,女性 86.8歳(2014)で,人口高齢化が進んでいる。義務教育は 9年制で,就学率はほぼ 100%。第2次世界大戦後の 1947年に日本国憲法が施行された。議院内閣制で,衆議院参議院の 2院からなる(→両院制)。外交は国際連合中心主義を軸とするが,アメリカ合衆国と日米安全保障条約を結んでいる。鉱物資源に乏しいが,近代工業は高度に発達している。就業者の 4.2%が 1次産業に,25.2%が 2次産業に,70.6%が 3次産業に従事(2010)。石油,木材,鉄鉱石などの原材料を輸入し,機械,自動車,電気・電子機器などの製品を輸出する。主要輸入先は中国,アメリカ,中東諸国,輸出先は中国,アメリカ,アジア諸国。交通網は道路,鉄道ともきわめてよく発達。1960年代からの高度経済成長により世界有数の経済大国になったが,1990年代から長期の景気停滞期に入っている。なお,日本の呼称は対外的には「にっぽん(NIPPON)」が用いられる。(→日本史

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

にっぽん【日本】

わが国の呼び名。→にほん(日本)
「ヒノマルノハタハ―ノシルシデアリマス」〈尋常小学修身書・第2学年用・明治36年〉〈日葡
[補説]「日本」が「ニホン」か「ニッポン」かについては決定的な説はない。「日」は漢音ジツ、呉音ニチで、ニチホンがニッポンに音変化し、発音の柔らかさを好むところからさらにニホンが生じたものか。ジパングジャパンなどはジツホンに基づくものであろう。国の呼称としては、昭和9年(1934)に臨時国語調査会(国語審議会の前身)が国号呼称統一案としてニッポンを決議したが、政府採択には至っていない。日本放送協会は昭和26年(1951)に、正式の国号としてはニッポン、その他の場合はニホンといってもよいとした。日本銀行券(紙幣)や運動競技の国際大会でユニホームのローマ字表記がNipponなのは、先の事情による。平成21年(2009)、麻生内閣は「今後、『日本』の読み方を統一する意向はあるか」の質問に対し、「『にっぽん』又は『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はないと考えている」と答弁した。外務省では、英語による名称はジャパン(Japan)を用いている。なお本辞典では、両様に通用する語については、便宜上「にほん」の見出しのもとに集めた。
[名・形動]《安永・天明(1772~1789)ごろの江戸での流行語》日本一であること。すばらしいこと。また、そのさま。
「この不自由なところが―だとうれしがりけり」〈黄・艶気樺焼
明治22年(1889)創刊、大正3年(1914)廃刊の日刊新聞。明治21年(1888)創刊の日刊紙「東京電報」を改題して陸羯南(くがかつなん)が創刊。国家主義の立場から過度の欧化政策を批判、薩長藩閥政府を攻撃したため、しばしば発行停止処分を受けた。記者として古島一雄福本日南・末永純一郎・正岡子規などが在籍、資金面では谷干城近衛篤麿らが支援。

にほん【日本】

わが国の国号。アジア大陸の東方にあり、北海道本州四国九州および周辺諸島からなる島国。首都、東京。行政上、1都1道2府43県に分けられる。総面積37万7815平方キロメートル。総人口、1億2692万(2016)。
[補説]古くは大和(やまと)地方を基盤とする大和政権によって国家統一がなされたところから「やまと」「おおやまと」と称したが、大化の改新のころ「日出づる処(ところ)」の意で日本(ひのもと)と称し、奈良時代以降これを音読して「ニッポン」または「ニホン」というようになった。古く、大八洲国(おおやしまぐに)・葦原中国(あしはらのなかつくに)・葦原千五百秋瑞穂国(あしはらのちいおあきのみずほのくに)などの美称がある。明治22年(1889)には「大日本帝国憲法」の制定により「大日本帝国(だいにっぽんていこく)」が国号として用いられ、昭和21年(1946)には「日本国憲法」の公布により「日本国」が国号となったが、読み方は統一されていない。大和政権以降、公家による律令時代、武家による封建時代を経て19世紀後半の明治維新により近代国家としての基礎が確立。日清日露戦争第一次大戦などで千島列島台湾・南サハリン・朝鮮などを領土として獲得したが、第二次大戦に敗れその大半を失った。→にっぽん(日本)

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

日本【にっぽん】

日本(にほん)

日本【にほん】

◎正式名称−日本国Japan。◎面積−37万7970.75km2。◎人口−1億2805万7000人(2010)。◎首都−東京(1316万人,2010)。◎住民−日本人,アイヌ,朝鮮人,中国人など。
→関連項目日本人日本料理

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にほん【日本】

面積(1995年10月1日現在)=37万7829km2(歯舞諸島,色丹島,国後島,択捉島の合計5036km2を含む)人口(1995年10月1日現在)=1億2557万0246人最北端=宗谷岬北緯45゜31′ 最南端=沖ノ鳥島―北緯20゜25′ 最東端=南鳥島東経153゜58′ 最西端=与那国島―東経122゜56′(施政権の及ぶ範囲)本項では日本の国号の由来および日本の歴史,文化,社会の特質を巨視的に記述した。

にほん【日本】

陸羯南(くがかつなん)を社長兼主筆として東京で創刊された新聞。創刊は1889年2月11日。自由民権期の政党機関紙と小新聞(こしんぶん)という二つの新聞類型が崩れていく過程で,〈政権を争ふの機関〉でも〈私利を射るの商品〉でもなく,主義のみによってたつ独立新聞として非党派,非営利の言論新聞をめざした。その掲げる主義は,〈日本の一旦亡失せる国民精神を回復し且つ之を発揚せん〉という〈国民主義〉であった。この背景には当時の新興知識人によるナショナリズム運動があった。

にほん【日本】

シーボルトの著書。原題は《Nippon》。1832‐52年に20分冊の仮綴本として13回にわたり発行配布された。独立回復後のオランダの国策に基づく援助を得て,シーボルトは日本滞在中(1823‐28)に,日本の自然科学的・民族学的調査・研究を精力的に行った。動・植物のほか文献,記録,民族学的資料など,おびただしい収集資料に加えて,日本人門下生の報告資料,およびシーボルト以前にケンペルツンベリーらが日本について記載した書物も参照して,帰国後本書がまとめられた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

じっぽん【日本】

〔「日本」の字音読みから〕
ヨーロッパにおける日本の呼称の一。 〔日葡〕

にっぽん【日本】

にほん【日本】

〔「にっぽん」とも〕 我が国の国号。アジア大陸の東方、日本海を隔てて太平洋上にある。北海道・本州・四国・九州の四大島と、南西諸島・小笠原諸島などからなり、弧状を描きほぼ南北に連なる。国土の大部分は山地で、人口は河川下流の平野に集中する。面積37万8千平方キロメートル。正称、日本国。 〔古くは政権の所在地名「やまと」が日本の総称として用いられ、また、中国・朝鮮では「倭」と記していた。聖徳太子が隋に送った国書に「日出処天子」と記したのと同じ発想から「日本」を正式の国号としたのは大化頃からと思われ、「やまと」「ひのもと」などと読まれていたが、奈良・平安時代になると音読されることが多くなり、「にほん」「にっぽん」の両様の発音が行われた。昭和初期、「にっぽん」に統一しようとする動きがあったが、法的に制定されることなく現在に至っている。本辞典では、検索の便宜上「にほん」として配列した〕

にほん【日本】

陸羯南くがかつなんが1889年(明治22)東京で創刊した言論新聞。国民主義を掲げ、条約改正問題などで政府を批判、たびたび発禁処分となる。1914年(大正3)廃刊。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の日本の言及

【日本】より

…面積(1995年10月1日現在)=37万7829km2(歯舞諸島,色丹島,国後島,択捉島の合計5036km2を含む)人口(1995年10月1日現在)=1億2557万0246人最北端=宗谷岬―北緯45゜31′ 最南端=沖ノ鳥島―北緯20゜25′ 最東端=南鳥島―東経153゜58′ 最西端=与那国島―東経122゜56′(施政権の及ぶ範囲)本項では日本の国号の由来および日本の歴史,文化,社会の特質を巨視的に記述した。。…

【日本研究】より

…西洋における日本研究は,16世紀後半以降,キリスト教の日本への普及とともに始まり,19世紀後半から20世紀前半にかけてイギリスが,また太平洋戦争を契機としてアメリカが日本研究の中心となった。一方,ロシア・ソビエトは独自の伝統をもち,戦後はアジア諸国でも盛んになりつつある。…

【日本社会論】より

…現代の日本は,高度に産業化された先進国の一つに属している。都市化も著しく,全人口の4分の3に当たる9000万ほどの人たちが〈市〉に住んでいる。…

【日本列島】より

…日本列島は,太平洋を縁どり帯状の地域をつくる環太平洋地帯に属し,アジア大陸の東縁に分布する花綵(かさい)列島の一部を構成する。国土の主要部である本州,北海道,四国,九州は,互いに連接して日本列島の弧をつくり,全体としては南北に細長く続き,南東にふくらんだ形の島列を示す。…

【陸羯南】より

…この前後,井上毅らの知遇を得,フランスの反革命主義者J.M.deメーストルの書物を《主権原論》の題で翻訳出版する。88年政府の条約改正と欧化政策に反対して辞職,谷干城らの援助を受けて4月より《東京電報》を発刊し,同月創刊の政教社の雑誌《日本人》の〈国粋主義〉に呼応して,〈国民主義〉を唱える。この新聞は翌89年2月改組されて《日本》となるが,たまたま漏洩した大隈重信外相の条約改正案批判を通して,羯南の名は一躍高まる。…

【政教社】より

…創立時の同人は,志賀重昂,棚橋一郎,井上円了,杉江輔人,菊池熊太郎,三宅雪嶺,辰巳小次郎,松下丈吉,島地黙雷,今外三郎,加賀秀一,杉浦重剛,宮崎道正の13名で,おもに東京大学,札幌農学校出身の新進知識青年であった。機関誌《日本人》(一時,後継誌《亜細亜》)を発行し,幅広い国粋主義を主張し,徳富蘇峰主宰の《国民之友》とともに明治中期の思想界を二分した。一方,高島炭坑坑夫虐待事件(1888)で坑夫救済のキャンペーンを展開し,また大隈重信外相による条約改正交渉に強く反対し,日清戦争に際して対外硬派の主力となって開戦の世論喚起に努めるなど,終始対外的には国権主義の姿勢を示しつづけた。…

【日本及日本人】より

…1907年雑誌《日本人》と新聞《日本》の伝統を継受するかたちで政教社の発行した雑誌。月2回刊。…

【ホフマン】より

…ドイツのビュルツブルク生れのオランダ人で,初期の日本学者。1830年アムステルダムでP.F.vonシーボルトに会ってその助手となり,のちライデン大学教授として日本学の講座を担当した。…

※「日本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本の関連キーワードイルメラ ヒジヤ・キルシュネライトブラッドリー リチャードソンまたここであいましょう学校心理士認定運営機構フロリアン クルマス日本高等学校野球連盟ジャパナイゼーションゴードン ダニエルズ日本医療機能評価機構メードインジャパンKh. エイドゥスフランコ ガッティ日本エアシステム耶蘇会士日本通信街角トワイライトL. ブリュールピコリーノの冒険ジャパノロジスト日本大昭和板紙経済団体連合会

今日のキーワード

ムガベ大統領

1924年、英植民地の南ローデシア(現ジンバブエ)生まれ。解放闘争に参加し、80年にジンバブエを独立に導いた。同年から首相、87年から大統領として実権を握り続けた。2000年以降は白人農場主の農園を強...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

日本の関連情報