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日本 にっぽん Nippon

翻訳|Nippon

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本
にっぽん
Nippon

P.シーボルト著。初版は 1832~54年に 20分冊してライデンで刊行された。シーボルトオランダ東インド会社の長崎商館付き医師として滞在した間 (1823~29) に収集した資料と日記をもとに著わした著作で,A3変型判で 1400ページあまり。

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日本
にっぽん

陸羯南 (くがかつなん) が 1889年2月 11日の帝国憲法発布の日に東京で創刊した政論新聞。『日本新聞』ともいう。国家主義的な中立系といわれた。谷干城,三浦梧楼らが資金的に援助し,記者には福本日南三宅雪嶺古島一雄池辺三山長谷川如是閑丸山幹治正岡子規らを集め,近代的ナショナリズムの立場から政府の欧化政策をきびしく批判,創刊後の約8年間に 30回も発行停止処分を受けた。

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日本
にっぽん

「日本 (にほん)」のページをご覧ください。

日本
にほん

正式名称 日本国。面積 37万7950.10km2。人口 1億2805万7352(2010)。首都 東京アジア大陸の東縁に北東から南西にわたって弧状に延びる列島の国。北から北海道,本州,四国,九州,沖縄および周辺の諸島を含む。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

にっぽん【日本】

わが国の呼び名。→にほん(日本)
[補説]「日本」が「ニホン」か「ニッポン」かについては決定的な説はない。「日」は漢音ジツ、呉音ニチで、ニチホンがニッポンに音変化し、発音の柔らかさを好むところからさらにニホンが生じたものか。ジパングジャパンなどはジツホンに基づくものであろう。国の呼称としては、昭和9年(1934)に臨時国語調査会国語審議会の前身)が国号呼称統一案としてニッポンを決議したが、政府採択には至っていない。日本放送協会は昭和26年(1951)に、正式の国号としてはニッポン、その他の場合はニホンといってもよいとした。日本銀行券(紙幣)や運動競技の国際大会でユニホームローマ字表記がNipponなのは、先の事情による。平成21年(2009)、麻生内閣は「今後、『日本』の読み方を統一する意向はあるか」の質問に対し、「『にっぽん』又は『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はないと考えている」と答弁した。外務省では、英語による名称はジャパン(Japan)を用いている。なお本辞典では、両様に通用する語については、便宜上「にほん」の見出しのもとに集めた。
[名・形動]《安永・天明(1772~1789)ごろの江戸での流行語》日本一であること。すばらしいこと。また、そのさま。
明治22年(1889)創刊、大正3年(1914)廃刊の日刊新聞。明治21年(1888)創刊の日刊紙「東京電報」を改題して陸羯南(くがかつなん)が創刊。国家主義の立場から過度の欧化政策を批判、薩長藩閥政府を攻撃したため、しばしば発行停止処分を受けた。記者として古島一雄福本日南末永純一郎正岡子規などが在籍、資金面では谷干城近衛篤麿らが支援。
「ヒノマルノハタハ―ノシルシデアリマス」〈尋常小学修身書・第2学年用・明治36年〉〈日葡
「この不自由なところが―だとうれしがりけり」〈黄・艶気樺焼

にほん【日本】

わが国の国号。アジア大陸の東方にあり、北海道本州四国九州および周辺諸島からなる島国。首都、東京。行政上、1都1道2府43県に分けられる。総面積37万7815平方キロメートル。総人口、1億2806万(2010)。
[補説]古くは大和(やまと)地方を基盤とする大和政権によって国家統一がなされたところから「やまと」「おおやまと」と称したが、大化の改新のころ「日出づる処(ところ)」の意で日本(ひのもと)と称し、奈良時代以降これを音読して「ニッポン」または「ニホン」というようになった。古く、大八嶋国(おおやしまぐに)・葦原中国(あしはらのなかつくに)・葦原千五百秋瑞穂国(あしはらのちいおあきのみずほのくに)などの美称がある。明治22年(1889)には「大日本帝国憲法」の制定により「大日本帝国(だいにっぽんていこく)」が国号として用いられ、昭和21年(1946)には「日本国憲法」の公布により「日本国」が国号となったが、読み方は統一されていない。大和政権以降、公家による律令時代、武家による封建時代を経て19世紀後半の明治維新により近代国家としての基礎が確立。日清日露戦争第一次大戦などで千島列島台湾・南サハリン・朝鮮などを領土として獲得したが、第二次大戦に敗れその大半を失った。→にっぽん(日本)

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百科事典マイペディアの解説

日本【にっぽん】

日本」のページをご覧ください。

日本【にほん】

◎正式名称-日本国Japan。

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世界大百科事典 第2版の解説

にほん【日本】

面積(1995年10月1日現在)=37万7829km2(歯舞諸島,色丹島,国後島,択捉島の合計5036km2を含む)人口(1995年10月1日現在)=1億2557万0246人最北端=宗谷岬―北緯45゜31′ 最南端=沖ノ鳥島―北緯20゜25′ 最東端=南鳥島―東経153゜58′ 最西端=与那国島―東経122゜56′(施政権の及ぶ範囲)本項では日本の国号の由来および日本の歴史,文化,社会の特質を巨視的に記述した。

にほん【日本】

陸羯南(くがかつなん)を社長兼主筆として東京で創刊された新聞。創刊は1889年2月11日。自由民権期の政党機関紙と小新聞(こしんぶん)という二つの新聞類型が崩れていく過程で,〈政権を争ふの機関〉でも〈私利を射るの商品〉でもなく,主義のみによってたつ独立新聞として非党派,非営利の言論新聞をめざした。その掲げる主義は,〈日本の一旦亡失せる国民精神を回復し且つ之を発揚せん〉という〈国民主義〉であった。この背景には当時の新興知識人によるナショナリズム運動があった。

にほん【日本】

シーボルトの著書。原題は《Nippon》。1832‐52年に20分冊の仮綴本として13回にわたり発行配布された。独立回復後のオランダの国策に基づく援助を得て,シーボルトは日本滞在中(1823‐28)に,日本の自然科学的・民族学的調査・研究を精力的に行った。動・植物のほか文献,記録,民族学的資料など,おびただしい収集資料に加えて,日本人門下生の報告資料,およびシーボルト以前にケンペルツンベリーらが日本について記載した書物も参照して,帰国後本書がまとめられた。

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大辞林 第三版の解説

じっぽん【日本】

〔「日本」の字音読みから〕
ヨーロッパにおける日本の呼称の一。 〔日葡〕

にっぽん【日本】

にほん【日本】

〔「にっぽん」とも〕 我が国の国号。アジア大陸の東方,日本海を隔てて太平洋上にある。北海道・本州・四国・九州の四大島と,南西諸島・小笠原諸島などからなり,弧状を描きほぼ南北に連なる。国土の大部分は山地で,人口は河川下流の平野に集中する。面積37万8千平方キロメートル。正称,日本国。 〔古くは政権の所在地名「やまと」が日本の総称として用いられ,また,中国・朝鮮では「倭」と記していた。聖徳太子が隋に送った国書に「日出処天子」と記したのと同じ発想から「日本」を正式の国号としたのは大化頃からと思われ,「やまと」「ひのもと」などと読まれていたが,奈良・平安時代になると音読されることが多くなり,「にほん」「にっぽん」の両様の発音が行われた。昭和初期,「にっぽん」に統一しようとする動きがあったが,法的に制定されることなく現在に至っている。本辞典では,検索の便宜上「にほん」として配列した〕

にほん【日本】

陸羯南くがかつなんが1889年(明治22)東京で創刊した言論新聞。国民主義を掲げ,条約改正問題などで政府を批判,たびたび発禁処分となる。1914年(大正3)廃刊。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の日本の言及

【日本】より

…面積(1995年10月1日現在)=37万7829km2(歯舞諸島,色丹島,国後島,択捉島の合計5036km2を含む)人口(1995年10月1日現在)=1億2557万0246人最北端=宗谷岬―北緯45゜31′ 最南端=沖ノ鳥島―北緯20゜25′ 最東端=南鳥島―東経153゜58′ 最西端=与那国島―東経122゜56′(施政権の及ぶ範囲)本項では日本の国号の由来および日本の歴史,文化,社会の特質を巨視的に記述した。。…

【日本研究】より

…西洋における日本研究は,16世紀後半以降,キリスト教の日本への普及とともに始まり,19世紀後半から20世紀前半にかけてイギリスが,また太平洋戦争を契機としてアメリカが日本研究の中心となった。一方,ロシア・ソビエトは独自の伝統をもち,戦後はアジア諸国でも盛んになりつつある。…

【日本社会論】より

…現代の日本は,高度に産業化された先進国の一つに属している。都市化も著しく,全人口の4分の3に当たる9000万ほどの人たちが〈市〉に住んでいる。…

【日本列島】より

…日本列島は,太平洋を縁どり帯状の地域をつくる環太平洋地帯に属し,アジア大陸の東縁に分布する花綵(かさい)列島の一部を構成する。国土の主要部である本州,北海道,四国,九州は,互いに連接して日本列島の弧をつくり,全体としては南北に細長く続き,南東にふくらんだ形の島列を示す。…

【陸羯南】より

…この前後,井上毅らの知遇を得,フランスの反革命主義者J.M.deメーストルの書物を《主権原論》の題で翻訳出版する。88年政府の条約改正と欧化政策に反対して辞職,谷干城らの援助を受けて4月より《東京電報》を発刊し,同月創刊の政教社の雑誌《日本人》の〈国粋主義〉に呼応して,〈国民主義〉を唱える。この新聞は翌89年2月改組されて《日本》となるが,たまたま漏洩した大隈重信外相の条約改正案批判を通して,羯南の名は一躍高まる。…

【政教社】より

…創立時の同人は,志賀重昂,棚橋一郎,井上円了,杉江輔人,菊池熊太郎,三宅雪嶺,辰巳小次郎,松下丈吉,島地黙雷,今外三郎,加賀秀一,杉浦重剛,宮崎道正の13名で,おもに東京大学,札幌農学校出身の新進知識青年であった。機関誌《日本人》(一時,後継誌《亜細亜》)を発行し,幅広い国粋主義を主張し,徳富蘇峰主宰の《国民之友》とともに明治中期の思想界を二分した。一方,高島炭坑坑夫虐待事件(1888)で坑夫救済のキャンペーンを展開し,また大隈重信外相による条約改正交渉に強く反対し,日清戦争に際して対外硬派の主力となって開戦の世論喚起に努めるなど,終始対外的には国権主義の姿勢を示しつづけた。…

【日本及日本人】より

…1907年雑誌《日本人》と新聞《日本》の伝統を継受するかたちで政教社の発行した雑誌。月2回刊。…

【ホフマン】より

…ドイツのビュルツブルク生れのオランダ人で,初期の日本学者。1830年アムステルダムでP.F.vonシーボルトに会ってその助手となり,のちライデン大学教授として日本学の講座を担当した。…

※「日本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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