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猿若勘三郎 さるわかかんざぶろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

猿若勘三郎
さるわかかんざぶろう

「中村勘三郎 (1世)」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

猿若勘三郎 さるわか-かんざぶろう

中村勘三郎(なかむら-かんざぶろう)(初代)

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朝日日本歴史人物事典の解説

猿若勘三郎

没年:明暦4(1658)
生年:生年不詳
江戸初期,歌舞伎の江戸中村座の創始者。初代中村勘三郎。屋号柏屋。武士中村右近の弟中村勘兵衛の次男という。通説によると京都で大蔵流の狂言を演じていたが,江戸に下り,寛永1(1624)年2月15日許可を得て江戸中橋(八重洲)に猿若勘三郎座(のちの中村座)の櫓を上げ,歌舞伎芝居の興行を始めた。これが江戸における歌舞伎劇場の始めという。同10年,江戸幕府の御用船安宅丸入港の折に木遣り音頭を唄い,幕府から金の麾と陣羽織を拝領した。座元と役者を兼ね,明暦3(1657)年には息子勘二郎と共に京都へ上り,禁裏で「猿若」と「新発意太鼓」を演じ,朝廷より勘二郎に明石の名を,またビロード地に丸に三つ柏紋の羽織を賜った。その後江戸に帰って没した。<参考文献>国立劇場芸能調査室編『東都劇場沿革誌史』(歌舞伎資料選書6巻),『芝居乗合話』(『日本庶民文化史料集成』6巻)

(加藤敦子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の猿若勘三郎の言及

【頭取】より

…一番太鼓のころに出勤し,楽屋入口に近い頭取座,着到板の前に控え,病気休演や舞台事故の処置,無用な者の楽屋立入りの監視,仕切場からの化粧料,日払い,焚捨の配分,終演時に観客に対し〈切口上〉を述べるまで,一切の楽屋進行や取締をする。寛永期(1624‐44)に猿若勘三郎が門弟の中から古老の役者を座元の名代として置いたのが始まり。初めは権威もあったが,後年,立者(たてもの)の専属と化してからは,幕内の単なる事務担当となった。…

【中村勘三郎】より

…山城国生れといわれる。初め猿若勘三郎と名のり,1624年(寛永1)江戸中橋に猿若座を創立,これが江戸歌舞伎劇場の起こりという。32年,幕府の御用船安宅(あたけ)丸の入津の際,金の麾(ざい)を頂き船先に立って木遣りの音頭をとった。…

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