…ただし,それらの記述は決して統一的なものではなく,雑然たる印象を残すのみであるが,要するに芳飯とは五目飯だったようである。貞享・元禄(1684‐1704)ころの江戸では,のちにはたけのこ飯を名物とした目黒で,浪屋の芳飯というのが有名だった。やや特殊ではあるが,全国的に知られていたのは豊後の黄飯(おうはん)である。…
※「筍飯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...