自分は見た(読み)ジブンハミタ

世界大百科事典(旧版)内の自分は見たの言及

【千家元麿】より

…1912年に佐藤惣之助らと同人雑誌《テラコッタ》を創刊し,武者小路実篤をはじめとする《白樺》系の人たちと交わるようになり,小説,戯曲をも書いたが,16年ごろから詩作に専念するようになった。第1詩集《自分は見た》(1918)に庶民的な生活感情をうたいあげた平明な口語自由詩を収めたが,そこに見られる人道主義の詩精神は以後の詩にも貫かれており,戦後の不如意にもひるまなかった。《虹》(1919),《昔の家》(1929)などの詩集のほか,小説・戯曲集《青い枝》(1920)や随筆集の著書もある。…

※「自分は見た」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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