菊川久英(読み)きくかわ ひさてる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊川久英」の解説

菊川久英 きくかわ-ひさてる

?-? 江戸時代中期-後期の装剣金工。
菊川宗吉にまなんで菊川姓をゆるされ,のち遅塚久則(ちづか-ひさのり)の門人となり,江戸にすんだ。浮世絵師菊川英山(えいざん)の縁戚にあたる。剃髪し南甫と号し,寛政(1789-1801)年紀の銘に「喜翁」(77歳)とみえる。通称は清蔵,治兵衛。号は別に玉松堂,容膝堂。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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