旺文社世界史事典 三訂版 「連衡策」の解説
連衡策
れんこうさく
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→合従連衡
…この秦の攻撃を恐れた韓,魏,趙,斉,楚,燕の東の6国は連合して秦に対抗しようとしたり,あるいは秦と同盟して他国を攻め,自国への秦の攻撃を避けようとした。前者を合従策,後者を連衡(連横)策という。蘇秦は合従策を主張し,前333年に趙を中心とする6国の同盟に成功したが,秦は各国の利害の対立を利用して,同盟を瓦解させ,張儀を派遣して連衡を説かせ,外交面でも6国をかく乱する方策をとった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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