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合従連衡 がっしょうれんこう He-cong liau-heng; Ho-ts`ung lien-hêng

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

合従連衡
がっしょうれんこう
He-cong liau-heng; Ho-ts`ung lien-hêng

中国の戦国時代蘇秦張儀らの行なった一種の外交術。戦国中期に西方のが強大になり,東方諸国の征服をはかった。そのとき蘇秦が燕,趙,韓,魏,斉,楚の6国の王に相互に同盟して秦に対抗するよう説いたという。

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デジタル大辞泉の解説

がっしょう‐れんこう〔‐レンカウ〕【合従連衡】

《「合従」は、秦に対抗するために他の6国が連合すること、「連衡」は、秦が他の6国とそれぞれ同盟を結ぶこと》合従の策と連衡の策。転じて、その時々の状況に応じていくつかの勢力が結び合うこと。また、そのかけひき。

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百科事典マイペディアの解説

合従連衡【がっしょうれんこう】

中国,戦国時代の策士(縦横家)が唱えた外交政策。合縦連横とも。秦が強大となったため,他の6国(韓・魏・趙・斉・燕・楚)がその侵略を防ぐため縦(南北)に同盟するのを合従,6国のそれぞれが単独で秦と横(東西)に連合するのを連衡という。
→関連項目蘇秦張儀

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世界大百科事典 第2版の解説

がっしょうれんこう【合従連衡 hé cóng lián héng】

中国,戦国末の列国間の外交政策。合縦連横ともいう。前4世紀後半いらい西方の秦が強大になってくると,東の燕・斉・趙・韓・魏・楚の6国が縦に同盟して秦に対抗する合従策と,秦が6国のそれぞれと単独で同盟を結ぶ連衡策とが重要な外交政策となった。このような策を諸侯に遊説するものを縦横家(じゆうおうか∥しようおうか)とよび,合従策は蘇秦,連衡策は張儀の名が有名である。縦横家には他に蘇秦の弟の蘇代,陳軫(ちんしん),犀首らがあり,くだって漢代の蒯通(かいつう),徐楽,主父偃(しゆほえん)らもその亜流とみなされている。

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大辞林 第三版の解説

がっしょうれんこう【合従連衡】

〔「史記孟子荀卿伝」より。「連衡」は六国にそれぞれ単独に秦と同盟を結ばせる張儀の唱えた政策〕
合従の策と連衡の策。転じて、時々の利害に応じて、団結したり離れたりする策。 → 連衡れんこう

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

合従連衡
がっしょうれんこう

中国、戦国時代の外交政策。合従とは「南北を連合させる」の意であり、紀元前4世紀末、燕(えん)に仕えた蘇秦(そしん)(?―前317)が、趙(ちょう)、韓(かん)、魏(ぎ)、斉(せい)、楚(そ)の諸国にそれぞれ説いて、6国で南北に連なる同盟を実現させ、西方の強国秦(しん)に対抗した政策をいう。蘇秦はまもなく6国の宰相を兼ね、連合軍を組織して秦を攻めたが敗れた。しかし、この連合のため秦は十数年間、東方進出を阻まれた。連衡とは「横に連ねる」の意であり、蘇秦と同門の張儀(ちょうぎ)(?―前309)が組織した同盟である。張儀は秦の宰相となり、合従を破って東方の6国をばらばらにし、いずれかの国と秦と個別に同盟を結ぶことによって、孤立した他の国々を別々に威圧、攻撃する方針をとった。秦と他の6国がそれぞれ東西に結ぶことからこうよばれる。しかし、まもなくこの策も破れて張儀は失脚した。蘇秦、張儀はこのような外交策を弄(ろう)した弁説家であるため、「縦横家(じゅうおうか)」とよばれている。[太田幸男]

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世界大百科事典内の合従連衡の言及

【縦横家】より

…秦・漢統一帝国以後は,国家に忠誠な外交官の辞令,便事の全権委任は認められたが,その弁説と術策による外国との通謀を〈詐諼(さけん)(二枚舌)〉の辞として危険視された(《漢書》芸文志)。後漢・三国期に復活した〈合従連衡〉には,相互利益の同盟を従(しよう),脅迫による盟約を横(こう),とする解釈が定着した(臣瓚説)。【戸川 芳郎】。…

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