逸見筋(読み)へみすじ

日本歴史地名大系 「逸見筋」の解説

逸見筋
へみすじ

戦国末期から江戸時代に使用された広域呼称。九筋二領の一つ。巨摩郡北西部にあたる。永禄一一年(一五六八)五月一〇日の望月左近宛武田家印判状写(寺記)には「甲州逸見筋」とみえる。浅野氏時代には九筋に各々三人の奉行が置かれ、文禄三年(一五九四)には逸見筋の奉行は伴武左衛門尉・山岡与兵衛・下村市丞であった(「浅野長政長継連署条目」浅野家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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