鍬掛村(読み)くわかけむら

日本歴史地名大系 「鍬掛村」の解説

鍬掛村
くわかけむら

[現在地名]大野市鍬掛

飯降(いいふり)山の東北麓にあり、東側を赤根(あかね)川が北流する。長享三年(一四八九)五月九日付朝倉光玖安堵状(洞雲寺文書)に「大野郡鍬懸内得弘名」がみえる。明応三年(一四九四)五月の洞雲寺領目録(同文書)に「柴山両所 壱所者鍬懸在之、壱所者天神之尾」とあり、洞雲寺寄進分田地目録(同文書)の明応九年(一五〇〇)六月二九日以下の項に「鍬懸村掃部持分」などとある。また天正五年(一五七七)六月一二日の原政茂安堵状(洪泉寺文書)に「当寺領之儀、鍬懸村ニ在之分、如前々可有御収納候」とあって、当時すでに洪泉(こうせん)寺の寺領が当村にあったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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