→築山殿
…小牧・長久手の戦の講和成立後も上洛を拒む徳川家康に対する秀吉の懐柔策の一環として,1586年家康に再嫁したが,家康の上洛は,秀吉の母の岡崎行きまで実現しなかった。駿河府中に住んだため,駿河御前と呼ばれた。京都で病死し,東福寺に葬られた。…
…1556年(弘治2)家康に嫁し信康,亀姫を生む。62年(永禄5)岡崎に迎えられ,駿河御前とも,居住地築山にちなみ築山殿とも称された。70年(元亀1)家康が浜松城移転後は別居。…
※「駿河御前」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...