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黒田官兵衛 くろだかんべい

知恵蔵miniの解説

黒田官兵衛

日本の戦国時代から江戸前期にかけての武将・大名。1546年、姫路生まれ。九州・福岡藩52万石の礎を築いた人物で「天才軍師」と称されている。黒田孝高(よしたか)が正式の名前で、官兵衛は字(あざな)。出家後は如水の号を名乗った。播磨国(現兵庫県)姫路城主の長男として誕生し、22歳で家督を継いで父・職隆と同様に小寺家家老の座についた。織田信長が勢力を伸ばしつつあった当時、豊臣秀吉の側近として仕え、調略や他大名との交渉などに活躍した。キリシタン大名でもあり、子に黒田長政がいる。2014年、NHKが、この黒田官兵衛を主役として大河ドラマを制作。タイトルは「黒田官兵衛」で、人気グループV6の岡田准一が官兵衛を演じる。

(2012-10-18)

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百科事典マイペディアの解説

黒田官兵衛【くろだかんべえ】

黒田如水

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黒田官兵衛
くろだかんべえ

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世界大百科事典内の黒田官兵衛の言及

【黒田孝高】より

…織豊政権期の武将。名は官兵衛。勘解由次官,如水円清などを称す。一族は,播磨守護赤松氏や小寺氏に仕え,初め小寺姓を名のった。織田信長の中国進出にくみし,羽柴秀吉の参謀として軍略家の名をはせた。1578年(天正6)荒木村重が信長に背いたとき,説得に赴いたが失敗した。80年,播磨揖東郡内1万石を与えられたのを始めとして,数々の戦功により,九州征伐後の87年には,豊前6郡を領した。89年,剃髪して家を子長政に譲り,秀吉に近侍し,小田原征伐,文禄・慶長の役などおもに軍事面で活躍した。…

※「黒田官兵衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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