Kidāra(その他表記)Kidara

世界大百科事典(旧版)内のKidāraの言及

【クシャーナ朝】より

…このころから王朝は,イランに興ったササン朝の軍の攻撃を受けて領土の西半を失い,地方政権にその東半を奪われて急速に衰退し,3世紀半ばごろ滅びた。ただしクシャーナ族はその後も地方勢力として残存し,5世紀には一時的にバクトリアからガンダーラに至る地に国家を建設している(キダーラKidāra朝)。 クシャーナ朝の領土には,インド系,イラン系,ギリシア系,中央アジア系の諸民族が住み,民族と文化の融合がみられた。…

※「Kidāra」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む