チャップリン(読み)ちゃっぷりん(英語表記)Sir Charles Spencer Chaplin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「チャップリン」の意味・わかりやすい解説

チャップリン
ちゃっぷりん
Sir Charles Spencer Chaplin
(1889―1977)

イギリス国籍の映画監督、俳優。4月16日、寄席(よせ)芸人歌手の両親のもとにロンドンに生まれる。母は4歳年上の義兄シドニーを抱いての三度目の結婚であったが、チャップリンが5歳のときに父が死亡、夫の死のショックで母は声を失って舞台を去り、シドニーは船のボーイとなる。母と2人暮らしのチャップリンは路上で踊り、投げ銭をもらうが、母は貧苦のあまり精神に異常をきたした。やがて兄は家に戻り、兄弟でドサ回り芝居に雇われ、犬猫の演技を舞台で演じた。17歳でパントマイム一座のフレッド・カーノ劇団に参加、1910年と1912年の2回の渡米巡演でキーストン映画社のマックセネット監督に認められ映画界に入った。1914年、第一作『成功争ひ』のあと『ベニス海岸の自動車競争』撮影のとき、「ちょびひげ、どた靴、だぶだぶズボン山高帽ステッキ」のスタイルを考案した。この年キーストンで35本の作品に出演したが、その12本目から脚本と監督も兼ねる。ついで翌1915年にはエッサネイ社で17本、1916~1917年ミューチュアル社で12本の作品を発表。喜劇にペーソスと社会風刺を加えるようになり、『番頭』『勇敢』『移民』はその代表作。1918年にファースト・ナショナル社に移り、『犬の生活』『担(にな)え銃(つつ)』『サニーサイド』『一日の行楽』『キッド』『のらくら』『給料日』『偽(にせ)牧師』を発表、喜劇と悲劇を同居させ、チャップリン映画の香りを高める。

 1919年にD・W・グリフィス監督、メリー・ピックフォードダグラスフェアバンクスとの4人でユナイテッド・アーティスツ社を創設。その第一作『巴里(パリ)の女性』(1923)は、長らく共演者であったエドナ・パービアンスのため自分は監督のみの悲恋運命ドラマを製作、映画史上の名作と絶賛を受けた。ついで『黄金狂時代』(1925)、『サーカス』(1928)、『街の灯(ひ)』(1931)、『モダン・タイムス』(1936)と、トーキー嫌いの彼はサイレントに固執し、サウンド版の『モダン・タイムス』に初めて「声」を入れたが、世界に通ぜぬ即興「ことば」で歌った。そして貧しい庶民の愛を描き続けた彼は、しだいに高度資本主義社会の人間疎外を告発し、現代文明への批判を強めていった。そしてヒトラーが勢力を伸ばしつつあった1940年にファシズムを弾劾する『チャップリンの独裁者』を発表、独裁者とユダヤ人理髪師の二役の完全トーキーに踏み込んだ。次の、帝国主義戦争を批判した『殺人狂時代』(1947)を製作するに至り、アメリカ保守派が彼を共産主義者とみなし、『ライムライト』(1952)のロンドン封切りにイギリスへ行ったチャップリンは、アメリカ政府に帰国を拒否された。理由は、『独裁者』『殺人狂時代』の内容と、いまだにイギリス国籍のこと、また未成年者を含むその結婚歴(最初が17歳のミルドレッド・ハリスで、次が16歳のリタ・グレイ、そして『モダン・タイムス』で共演したポーレット・ゴダードを経て、54歳で18歳のオナ・オニールと四度目の結婚をし、3男5女をもうけた)もその理由となった。しかしロンドンでは熱狂的歓迎を受け、のち1975年には女王からナイトの称号を受けた。その後はイギリスで製作を続け、『ニューヨークの王様』(1957)と唯一のカラー映画で監督のみで主演しない『伯爵夫人』(1966)の2作があるが、もはや往年の生彩はなかった。

 チャップリンには第1回のアカデミー賞(1927~1928)で『サーカス』に対して特別賞が贈られているが、そのとき彼は授賞式に出席せず、以来オスカーとは縁がなかった。しかし彼がアメリカを去って20年後の1972年、アメリカ映画アカデミーは、チャップリンの多年の功労に対し改めてアカデミー特別賞を贈るため彼をハリウッドに招いた。これに応じて83歳のチャップリンは式場に姿をみせ、出席者全員の熱狂的拍手にこたえた。そのほかフランスのレジオン・ドヌール勲章をはじめ世界各国からの多くの栄誉を受け、15の部屋をもつスイス、ジュネーブ湖畔のベベーの邸宅で妻や多くの子供と孫に取り囲まれて余生を送った。その間、旧作の自作サイレント映画に自ら伴奏音楽をつける仕事に励み、1977年12月25日に88歳の生涯を閉じた。

[淀川長治]

資料 監督作品一覧

成功争ひ Making a Living(1914)
ベニス海岸の自動車競走 Kid Auto Races at Venice(1914)
夕立 Between Showers(1914)
恋の二十分 Twenty Minutes of Love(1914)
キャバレー御難の巻 Caught in a Cabaret(1914)
ノックアウト The Knockout(1914)
メーベルの結婚生活 Mabel's Married Life(1914)
笑ひのガス Laughing Gas(1914)
小道具係 The Property Man(1914)
男か女か(仮面者) The Masquerader(1914)
両夫婦 The Rounders(1914)
チャップリンのパン屋 Dough and Dynamite(1914)
醜女の深情 Tillie's Punctured Romance(1914)
髭のあと Those Love Pangs(1914)
逢引きの場所 His Trysting Place(1914)
チャップリンの役者 His New Job(1915)
アルコール夜通し転宅 A Night Out(1915)
チャップリンの役者 His New Job(1915)
チャップリンの拳闘 The Champion(1915)
チャップリンの駆落 A Jitney Elopement(1915)
チャップリンの失恋 The Tramp(1915)
アルコール先生海水浴の巻 By the Sea(1915)
チャップリンのお仕事 Work(1915)
チャップリンの女装 A Woman(1915)
チャップリンの掃除夫 The Bank(1915)
チャップリンの船乗り生活 Shanghaied(1915)
チャップリンの寄席見物 A Night in the Show(1915)
チャップリンのカルメン Burlesque on Carmen(1915)
チャップリンの悔悟 The Police(1916)
チャップリンの替玉 The Floorwalker(1916)
チャップリンの消防士 The Fireman(1916)
チャップリンの放浪者 The Vagabond(1916)
午前一時 One A.M.(1916)
チャップリンの伯爵 The Count(1916)
チャップリンの番頭 The Pawnshop(1916)
チャップリンの舞台裏 Behind the Screen(1916)
チャップリンのスケート The Rink(1916)
チャップリンの勇敢 Easy Street(1917)
チャップリンの霊泉 The Cure(1917)
チャップリンの移民 The Immigrant(1917)
チャップリンの冒険 The Adventurer(1917)
犬の生活 A Dog's Life(1918)
公債 The Bond(1918)
担え銃 Shoulder Arms(1918)
サニーサイド Sunnyside(1919)
一日の行楽 A Day's Pleasure(1919)
キッド The Kid(1921)
のらくら The Idle Class(1921)
給料日 Pay Day(1922)
偽牧師 The Pilgrim(1923)
巴里の女性 A Woman of Paris(1923)
黄金狂時代 The Gold Rush(1925)
サーカス The Circus(1928)
街の灯 City Lights(1931)
モダン・タイムス Modern Times(1936)
チャップリンの独裁者 The Great Dictator(1940)
チャップリンの殺人狂時代 Monsieur Verdoux(1947)
ライムライト Limelight(1952)
チャップリンのニューヨークの王様 A King in New York(1957)
伯爵夫人 A Countess from Hong Kong(1966)

『中野好夫訳『チャップリン自伝』(1966・新潮社)』『『世界の映画作家19 チャールズ・チャップリン』(1973・キネマ旬報社)』『江藤文夫著『チャップリンの仕事』(1989・みすず書房)』『『世界の伝記26 チャップリン』(1995・ぎょうせい)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チャップリン」の意味・わかりやすい解説

チャップリン
Chaplin, Charlie

[生]1889.4.16. ロンドン
[没]1977.12.25. ブベー近郊コルシェ
イギリス生まれの喜劇俳優,監督,制作者。本名 Charles Spencer Chaplin。 1913年巡業先のアメリカで M.セネットと契約を結び,以後数多くの短編喜劇映画に出演,またみずから監督し,山高帽とちょびひげにどた靴という独特の扮装で,一躍世界の人気者となった。『独裁者』 The Great Dictator (1940) ではナチズムを痛烈に諷刺した。アメリカの反共主義の風潮を逃れて 1953年からスイスに移住。代表作『移民』 The Immigrant (1917) ,『犬の生活』A Dog's Life (1918) ,『担え銃』 Shoulder Arms (1918) ,『キッド』 The Kid (1921) ,『黄金狂時代』 The Gold Rush (1925) ,『サーカス』 The Circus (1928) ,『街の灯』 City Lights (1931) ,『モダン・タイムス』 Modern Times (1936) ,『殺人狂時代』 Monsieur Verdoux (1947) ,『ライムライト』 Limelight (1952) 。 1975年イギリス王室よりナイトに叙せられ,サーの称号を受けた。

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