Koprivštica(その他表記)Koprivstica

世界大百科事典(旧版)内のKoprivšticaの言及

【ブルガリア】より

…教会の独立は教区の設定を含んでいたため,マケドニアなどの後の領土問題に禍根を残すことになった。 一方,ガブロボ,コテルKotel,コプリフシティツァKoprivšticaといったバルカン山中の職人の町では,ギリシア人の支配していた教会とは独立したブルガリア語による世俗教育が整備された。 1839年にオスマン政府により〈ギュルハネの改革勅令〉(タンジマート)が発布されると,教育が急速に普及し,ウィーンやオデッサやモスクワで教育を続ける青年も現れた。…

※「Koprivštica」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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