Paiṇṇa(その他表記)Painna

世界大百科事典(旧版)内のPaiṇṇaの言及

【ジャイナ教】より

…以下,聖典名は俗語形で記す)に関する記憶が集められ12のアンガAṅgaが編纂されたというが,最終的にまとめられて現形を得たのは,5世紀ころ西インドのバラビーにおける編纂会議であった。その組織は11のアンガ(第12アンガは伝わらない),12のウバンガUvanga,10のパインナPaiṇṇa,6のチェーヤ・スッタCheya‐sutta,独立した《ナンディーNandī》と《アヌオーガッダーラAnuogaddhāra》および4のムーラ・スッタMūla‐sutta,計7部45聖典である。各聖典の成立時期は異なるが,アンガ所属の《アーヤーラĀyāra》《スーヤガダSūyagaḍa》,ムーラ・スッタ所属の《ウッタラッジャヤナUttarajjhayaṇa(あるいはウッタラッジャーヤーUttarajjhāyā)》と《ダサベーヤーリヤDasaveyāliya》などが最古層に属する。…

※「Paiṇṇa」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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