…しかしこれも,たいしてやかましいことではなく,紋章を下賜したこともあり,また貴族や大名のうちにこれを用いるものも相当多かった。菊花紋を皇室以外で用いるのをはっきり禁止したのは1871年(明治4)で,天皇家は16花弁の八重菊,皇族は14花弁の裏菊と定められ,このほかに替紋としていろいろのものが用いられた。古来菊花紋の種類は多く,百数十種におよぶが,なかにはたとえば楠木氏の菊水紋のように,他のものと組み合わされたものも少なくない。…
※「菊花紋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...