アンティータムの戦い(読み)アンティータムのたたかい(その他表記)Battle of Antietam

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アンティータムの戦い」の意味・わかりやすい解説

アンティータムの戦い
アンティータムのたたかい
Battle of Antietam

シャープスバーグの戦いとも呼ばれる。アメリカ南北戦争中の激戦の1つ。第2次ブルランの戦いで北軍を破った南軍司令官 R.リー将軍は,メリーランドに進撃し首都ワシントン D.C.をうかがった。 1862年9月 17日,G.マックレラン将軍の率いる北軍は,このリー軍をアンティータム・クリーク付近で迎え撃ち,リー軍をバージニアに後退させたが,両軍とも多大の死傷者 (南軍 9000~1万,北軍1万 2000) を出した凄惨な戦いであった。

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