ハイデルベルク綱領(読み)ハイデルベルクこうりょう(その他表記)Heidelberger Programm

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハイデルベルク綱領」の意味・わかりやすい解説

ハイデルベルク綱領
ハイデルベルクこうりょう
Heidelberger Programm

第1次世界大戦後ドイツ社会民主党ハイデルベルクで採択した綱領。 1921年に同党ゲルリッツ綱領をつくって再出発したが,22年にドイツ独立社会民主党と合同したため,新綱領をつくる必要を感じた。そこで 25年にハイデルベルクの党大会において,主として R.ヒルファーディングが起草した綱領を採択した。その内容改良主義的なものであった。

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世界大百科事典(旧版)内のハイデルベルク綱領の言及

【ドイツ社会民主党】より

…こうして体制内存在となった同党は,21年のゲルリッツ綱領で民主共和制と自由の擁護を前面に押し出したのである。翌年,USPD(その左派は20年にKPDと合同していた)の大部分がSPDに復帰し,新たに同党の左派となり,25年のハイデルベルク綱領ではエルフルト綱領のマルクス主義的社会分析が復活したが,改良主義的な党の性格は変わらなかった。その性格は自由労働組合の実質的な発言権の増加によりいっそう強固なものとなっていた。…

※「ハイデルベルク綱領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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