ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドゥルヨーダナ」の意味・わかりやすい解説
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… ベーダ文献にも知られていた名門バラタ族には,パーンドゥ王の5王子と,ドリタラーシュトラ王の100王子があり,彼らはいとこ関係にありながら,後者は前者の有徳と繁栄をねたんで,ことあるごとに5王子を陥れようとした。そのたくらみは100王子の長兄ドゥルヨーダナが5王子の長兄ユディシュティラを賭博に誘って打ち負かすことによって成功し(第2巻),5王子は辱めを受けたあげく領地を奪われ,12年間の国外追放を宣告される(第3巻)。13年目は素姓を隠してビラータ王の宮廷に住み(第4巻),約束を果たして王国の返還を迫ったが,100王子の側はこれに応じなかったため(第5巻),ここに両軍は聖地クルクシェートラに相会して,18日間の戦争となった。…
※「ドゥルヨーダナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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