旺文社世界史事典 三訂版 「フランケン朝」の解説
フランケン朝
フランケンちょう
Franken
コンラート2世(在位1024〜39)に始まり,ハインリヒ5世(在位1106〜25)で終わる。神聖ローマ帝国の最盛期であるとともに,教皇と叙任権闘争を行った。
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…この王朝がザリエル朝と呼ばれだすのは12世紀初頭以降で,14世紀から一般に使われるようになった。フランケンの貴族出身であるため,フランケン朝Frankenともよばれる。ザリエル家はザクセン朝のオットー1世の娘ロイトガルトの夫ロートリンゲン大公コンラート赤公に始まり,コンラート2世はその曾孫である。…
…在地豪族の力が伸び,911年カロリング家が断絶するとフランク部族大公コンラート1世が国王に選ばれたが,オットー1世の封建的臣従の要求に従わなかったため部族大公領は国王の直轄に編入された。11世紀にザリエル家のシュパイヤー伯コンラートはフランケン公を称し,ザクセン朝のハインリヒ2世の死後の1024年,ドイツ国王コンラート2世となり,フランケン朝(ザリエル朝)を興した。ドイツ国王,神聖ローマ皇帝の王家としてのザリエル家は,1125年ザクセン公ロタール2世に倒されるまで,ハインリヒ3世,4世,5世と4代続いた。…
※「フランケン朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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