上大沼村(読み)かみおおぬまむら

日本歴史地名大系 「上大沼村」の解説

上大沼村
かみおおぬまむら

[現在地名]真岡市上大沼・松山町(まつやまちよう)

鬼怒川左岸の平坦地とその東方の段丘上の低台地とからなる。もとは大沼・下大沼両村と一村で、江戸時代初期に分村したと思われる。慶長六年(一六〇一)幕府領、のち宇都宮藩領。慶安郷帳によると、田高一六四石余・畑高八八石余。承応二年(一六五三)検地が行われ、反別三九町七反余(「中村郷土誌」中村八幡宮蔵)。貞享二年(一六八五)幕府領、元禄一三年(一七〇〇)宇都宮藩領、享保二年(一七一七)幕府領、延享三年(一七四六)三卿の一橋領、文政一一年(一八二八)幕府領、天保八年(一八三七)幕府・旗本島田の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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