上稲村(読み)かみいなむら

日本歴史地名大系 「上稲村」の解説

上稲村
かみいなむら

[現在地名]上越市いね

下稲村の東に位置し、ひるこ街道が通る。戦国期―江戸時代初期には単に稲村といった。年未詳六月一四日の本願寺顕如印判状、文禄元年(一五九二)と推定される一二月一七日の本願寺教如印判状など戦国期の本覚坊文書に村名が散見し、当時当地に相当有力な真宗門徒講が結ばれていたことが知られる。文禄頃の頸城郡絵図に「高梨分いな村 上」とみえ、本納三五四石四斗一升・縄高四一五石一斗二升、家一〇軒・四六人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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