下羽鳥村(読み)しもはとりむら

日本歴史地名大系 「下羽鳥村」の解説

下羽鳥村
しもはとりむら

[現在地名]双葉町下羽鳥

北と南を小丘陵に挟まれ、その間を羽鳥川が東流する。東は長塚ながつか村、西は上羽鳥村。建武四年(一三三七)四月日の相馬胤時軍忠状(相馬文書)に「羽鳥小太郎楯□合戦致忠」とある。寺沢てらざわにある康永二年(一三四三)六月六日の仲禅ちゆうぜん寺木造十一面観音胎内銘に羽鳥孫太郎入道の名がみえる。総士禄高調の文禄二年(一五九三)の項では「七百三十文 羽とり山光房」「四拾三文 羽鳥源右衛門」などがみえ、上・下の分村はこれ以後と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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