下谷御数寄屋町(読み)したやおすきやまち

日本歴史地名大系 「下谷御数寄屋町」の解説

下谷御数寄屋町
したやおすきやまち

[現在地名]台東区上野うえの二丁目

上野元黒門うえのもとくろもん町の西方にあり、西は旗本寄合加藤氏屋敷(現文京区)、南は湯島天神下同朋ゆしまてんじんしたどうぼう(現同上)、北は通りを挟んで池之端仲いけのはたなか町。延宝江戸方角安見図では神田薬師と宗禅そうぜん(総禅寺)が並んでいる。神田薬師は天台宗医王山薬師院東福とうふく寺のことで、同寺は慶長九年(一六〇四)平河ひらかわ(現千代田区)から駿河台に移り、元和三年(一六一七)当地に転入してきたが、天和二年(一六八二)に類焼して麻布に移転した。臨済宗総禅そうぜん寺も元和四年からあったが、東福寺と同様類焼後、寺地を収公されて駒込千駄木こまごめせんだぎ(現文京区)に移転した(寺社備考)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む