乾隆学区(読み)けんりゆうがつく

日本歴史地名大系 「乾隆学区」の解説

乾隆学区
けんりゆうがつく

およそ南は五辻いつつじ通、東は浄福寺じようふくじ通、西は千本せんぼん通、また北は北区に接する旧学区。江戸時代は上京の親町組である上古京上西陣組と下西陣組、並びに下西陣組の離レ町であった。名称は明治二年(一八六九)の上大組一番組から上京三区(明治五年)、上京三組(同一二年)、上京第三学区(同二五年)を経て、昭和四年(一九二九)乾隆学区。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む