二の丸跡(読み)にのまるあと

日本歴史地名大系 「二の丸跡」の解説

二の丸跡
にのまるあと

[現在地名]佐倉市城内町

佐倉城本丸の北東に位置。城門として東に二の門、北に不明あかず門があった。土井利勝時代には土井元政(利勝の弟)が居住したほか、御鷹部屋と腰掛長屋があった(「佐倉城絵図」鷹見家蔵)。その後土井氏屋敷跡は藩主対面所となり、御鷹部屋は城米蔵となった(「佐倉絵図」小田原市立図書館蔵など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 陸軍 敷地

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む