京橋上片原町(読み)きようばしかみかたはらまち

日本歴史地名大系 「京橋上片原町」の解説

京橋上片原町
きようばしかみかたはらまち

[現在地名]彦根市立花町(たちばなちよう)・佐和町(さわちよう)

上細工(かみさいく)町の北より中堀沿いに長く延びる町割で、上級家臣の居住地。寛延二年(一七四九)の家並分限帳(彦根市史)では禄高一千石以上の武士が三人、一千―五〇〇石が三人、五〇〇―三〇〇石が五人、三〇〇―一〇〇石が二人確認され、江戸後期には井伊家直属の用人役の椋原氏(禄高一千二〇〇石)・西尾氏(同七〇〇石)・中野氏(同四〇〇石)、弓鉄砲組頭の西堀氏(同六〇〇石)、母衣の川手氏(同三〇〇石)、側役の川手氏、大津蔵屋敷奉行の鈴木氏、弘道(こうどう)館稽古奉行の中野氏などが住していた(井伊家役人帳など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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