佐和町(読み)さわまち

日本歴史地名大系 「佐和町」の解説

佐和町
さわまち

[現在地名]彦根市佐和町・立花町(たちばなちよう)・中央町(ちゆうおうちよう)

沢町とも。佐和山城下の町人が移住したと伝える。内曲輪(うちくるわ)の東方、京橋上片原(きようばしかみかたはら)町の一筋東にある両側町。城下内(うち)町四町の一。竹屋飯塚半左衛門はもと遠江国井伊谷(いいのや)(現静岡県引佐郡引佐町)に住していたが、井伊家に供奉してきたという(「彦根町地割事」長谷川文書)。元禄八年大洞弁天寄進帳に沢町と記され、軒数一〇三のうち借家五三、男二一五・女二〇一(ほか下人四六)、諸職諸商は四一種七六軒で、大工六・医者五、米屋・酒屋各四のほか常器屋・飴屋・瀬戸物屋・渋紙屋・京飛脚・駕籠屋など、町年寄・横目とも酒屋が勤めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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