京都所司代与力・同心屋敷跡(読み)きようとしよしだいよりき・どうしんやしきあと

日本歴史地名大系 の解説

京都所司代与力・同心屋敷跡
きようとしよしだいよりき・どうしんやしきあと

京都御役所向大概覚書によると、京都所司代与力・同心屋敷が千本(せんぼん)通西、太子道(たいしみち)北の現聚楽廻東町(じゆらくまわりひがしまち)・同西町(にしまち)・同中町(なかまち)付近にあった。その大きさは東西一二二間五尺二寸、南北一九五間あり、東北部が東西四八間、南北四〇間半ほど欠けた地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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